東京高等裁判所 昭和29年(ネ)135号 判決 1958年8月28日
控訴人 原告 真家佐七
被控訴人 被告 茨城県知事
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、「原判決中控訴人の予備的請求(買収処分取消の請求)を棄却した部分を除きその余を取り消す。被控訴人が昭和二七年二月二〇日附茨城県告示第八七号をもつて別紙目録記載の農地についてした買収処分は、無効であることを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、
被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
なお、控訴代理人は、原判決中控訴人の予備的請求を棄却した部分に対する控訴を取り下げた。
当事者双方の事実上の陳述および証拠関係は、左記第一および第二の事項を除く外すべて原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。
第一事実上の陳述
(一) 控訴代理人は、次のように陳述した。
(a) 被控訴人は、昭和二七年二月二〇日附茨城県報に自作農創設特別措置法(以下自創法という)第九条第二項所定の事項を公告して買収令書の交付に代え、もつて本件農地を買収した。しかしながら、右公告は、同条第一項所定の「当該農地の所有者が知れないとき、その他令書の交付をすることができないとき」に当らないのになされた違法のものであるから、右買収処分は無効である。なお、控訴人は原審において、「被控訴人は昭和二四年九月一二日附で本件農地の買収令書を発行し、控訴人に交付しようとしたが、控訴人がその受領を拒んだので、右公告をした」旨自白したけれども、右自白は真実に反しかつ錯誤に基いてしたものであるから、これを取り消す。
(b) 控訴人は、昭和二三年一月中その所有の白河村大字飯前字新立五二五番のイ畑二反歩および同村同大字内新田八四六番のイ畑一反一畝二八歩等の農地を訴外真家伊三郎へ贈与するにつき、被控訴人の許可を受けるため、同月一七日申請書を白河村農地委員会(以下村農委という)に提出した。そして村農委が本件農地の買収計画を樹立した昭和二四年六月七日当時右申請については未だ被控訴人の許否の決定がなく、前記贈与が効力を生ずるか否かは未確定の状態にあつたのであるから、村農委は当然右農地を除外して買収計画を樹立すべきであつた。しかるに村農委は、その職権を濫用して右申請に一顧をも与えず、右農地を控訴人の他の所有農地と同一に扱い、これを自創法第三条第一項第二号の小作地に当るものとして本件買収計画を樹立した。それゆえ、右計画は無効であり、これに基く本件買収処分も無効である。
(c) 昭和二二年三月一日の施行にかかる白河村農地委員会規程(甲第三一号証)第五条には、「会長が死亡しまたは事故があるため会議を招集することができないときは、委員中の最年長者がこれを招集する」との趣旨の規定があるが、右規定は、農地調整法(以下農調法という)その他の関係法令に準拠しない無効のものである。しかるに、昭和二四年五月一一日の委員会は、石田酉松が右規定に基き委員中の最年長者として招集したものであるから、同委員会においてなされた原田勘次郎を会長に選任する旨の決議は無効というべきところ、昭和二四年六月七日の委員会は右原田が会長として招集したものであるから、同委員会において樹立された本件買収計画は無効であり、これに基く本件買収処分もまた無効である。
(d) 茨城県農地委員会(以下県農委という)は、昭和二四年六月三〇日本件買収計画を承認するに当り違法なものを削除訂正し誤字誤算を訂正すべき旨の条件を付したにかかわらず、本件買収処分は、右条件を充さずに右計画に基いてなされたものであるから、無効である。
(e) 被控訴人の後記(f)の主張の訂正に異議はないが、昭和二四年九月二一日の村農委の決議がその権限外の事項にわたること、および錯誤に基くことはいずれも否認する。
(二) 被控訴代理人は、次のように陳述した。
(f) 原判決事実摘示中控訴人主張の(三)の事実に対する被控訴人の答弁(原判決五枚目表一一行目以下五枚目裏一行目までの部分)を、左記のとおり訂正する。
「控訴人主張の(三)の事実は全部認める。しかし、村農委が昭和二四年九月二一日にした『控訴人の異議申立を容認し買収計画を取り消す』旨の決議は、村農委の権限外の事項にわたり、かつ錯誤に基くものであるから当然無効であり、仮にそうでないとしても、右決議は同月二七日の決議をもつて更に取り消されたものである。そして、右にいう錯誤とは、本件農地については控訴人から保有希望地としての届出があつたので、村農委はかかる農地は買収できないと誤信したことをいうのである。」
(g) 控訴人の前記(a)の自白の取消には異議がある。
同(b)の主張事実中、控訴人がその主張の申請書を提出した事実は知らない。
同(c)の主張事実中白河村農地委員会規程第五条に控訴人主張の趣旨の規定があること、および昭和二四年五月一一日の委員会は石田酉松が右規定に基いて招集したものであることは認める。
同(d)の主張事実中茨城県農地委員会が昭和二四年六月三〇日本件買収計画を承認するに当り、違法なものを削除訂正し誤字誤算を訂正すべき旨を議決したことは認めるが、右は単に買収計画中に誤字誤算誤記等がある場合は、村農委においてこれを訂正することができる旨を明らかにしたものにすぎず、承認に条件を付したものではない。
第二証拠関係(省略)
理由
別紙目録記載の農地がもと控訴人の所有に属し、控訴人がこれを他に小作させていたこと、村農委が昭和二四年六月七日自創法第三条第一項第二号の規定により右農地の買収計画を樹立し、法定の公告および縦覧等の手続を経たこと、県農委が同年六月三〇日右計画を承認したこと、ならびに被控訴人が同年九月一二日附で右買収計画に基く買収令書を発行し、その頃これを控訴人に交付しようとしたが控訴人がその受領を拒んだため、同二七年二月二〇日附茨城県報に所定の事項を掲載して令書の交付に代え、もつて右農地を買収したことは、いずれも当事者間に争ないところである。控訴人は、控訴人が原審において、「被控訴人が買収令書を発行して控訴人に交付しようとしたが、控訴人はその受領を拒んだ」との事実を自白したのは、真実に反しかつ錯誤に基くから、右自白を取り消す旨陳述するが、右自白が真実に反することについては、当審における控訴本人の供述は信用し難く、他にこれを認めるに足りる証拠がないから、右自白の取消は許されない。
控訴人は、右買収処分が無効である旨主張するので、右にこれを検討する。
(一) 原判決事実摘示(六)の(イ)の主張(本件買収計画は適法に構成された委員会の決議によらないものであるから、これに基く本件買収処分は無効であるとの主張)について。
当裁判所は、原審と同一の理由により右主張を理由がないものと認めるので、原判決理由中当該部分(原判決八枚目裏八行目以下一一枚目裏二行目まで)を引用する。ただし、原判決九枚目裏末行に「自創法施行令」とあるのは、農調法施行令の誤りであり、原判決一一枚目表八行目に「石井酉松」とあるのは、石田酉松の誤りであるから、訂正する。
なお、右理由中の認定事実のうち、昭和二四年五月一一日の委員会の招集通知が八文字豊に対してもなされたとの事実は、当審証人原田勘次郎、石田酉松の各証言によつても明らかであつて、これに反する当審証人八文字豊の証言は、右各証言と対照して信用し難く、当審証人佐瀬光子の証言も右認定の妨げとならず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
(二) 原判決事実摘示(六)の(ロ)の主張(本件買収計画は控訴人の異議申立に基き取り消されたものであるから、これに基く本件買収処分は、買収計画に基かずになされたことに帰着し、無効であるとの主張)について。
右主張の理由がないことについては、原判決理由中当該部分(原判決一一枚目裏三行目以下一二枚目表一〇行目まで)を引用する外、左記理由を附加する。
すなわち、村農委が昭和二四年六月七日本件買収計画を樹立し、買収期日を同年七月二日、買収計画書類の縦覧期間を同年六月八日から同月一八日までと定めたこと、県農委が同年六月三〇日右計画を承認したこと、および被控訴人が右計画に基き同年九月一二日附で買収令書を発行したことがいずれも当事者間に争ないことは前記のとおりであるところ、控訴人が右買収計画につき村農委にその主張の異議申立をしたのは同年九月一七日であるというのであるから、法定の異議申立期間(買収計画書類の縦覧期間)の経過後であることはもちろん、すでにして右計画に対する県農委の承認がなされ、これに基き買収令書が作成された後のことである(前記のように、買収令書の日附は昭和二四年九月一二日であるところ、他に反証がないから、右日附の日に作成されたものと認める)。かかる場合には、たとえ異議申立があつても、村農委はもはや単独で買収計画を取り消すことはできず、もし取り消したときは、当該取消処分は無効と解するのが相当である。それゆえ、本件買収計画が控訴人主張の異議申立に基き有効に取り消されたことを前提とする控訴人の主張は、他の点を判断するまでもなく、採用することはできない。
(三) 原判決事実摘示(六)の(ハ)の主張(本件農地は、村農委が控訴人の申告に基き保有地として承認したものであるから、これを買収すべきものとした買収計画は違法であつて、これに基く本件買収処分は無効であるとの主張)について。
右主張の理由がないことについては、原判決理由中当該部分(原判決一二枚目表一一行目以下一三枚目表九行目まで)を引用する。ただし、右理由中に認定された事実のうち、控訴人が村農委に対し保有希望地として申告したもの以外に三筆の小作地を所有することが判明したとの事実、および本件買収計画樹立当時の控訴人の所有小作地が合計一町四反一畝二七歩であつたとの事実は、成立に争ない甲第五号証および乙第一〇号証ならびに原審証人鈴木雅の証言を総合してこれを認めるものとする。
(四) 前記(a)の主張について。
被控訴人が買収令書を発行して控訴人に交付しようとしたにかかわらず、控訴人がその受領を拒んだものと認めるべきこと前記のとおりである以上、自創法第九条第一項但書にいう「令書の交付をすることができないとき」に当ることは明らかであるから、右主張は理由がない。
(五) 前記(b)の主張について。
本件買収計画の樹立当時控訴人主張の農地の贈与についての許可申請に対し、未だ被控訴人の許否の決定がなかつたことは控訴人の自ら主張するところであるから、右贈与は未だその効力を生じなかつたものと認めるべきである。そうであるとすれば、村農委が右贈与および許可申請の事実を顧慮することなく、右農地を自創法第三条第一項第二号の小作地に当るものとして本件買収計画を樹立したとしても、あえてこれを違法とすることはできない。その他村農委が右計画の樹立につき職権を濫用した事実は、これを認めるべき証拠が何もないから、右主張は、他の点の判断をまつまでもなく失当である。
(六) 前記(c)の主張について。
昭和二二年三月一日の施行にかかる白河村農地委員会規程(以下規程という)に、第五条として控訴人主張の趣旨の規定があることは、当事者間に争がない。ところで、同二四年五月当時施行中の農調法その他の関係法令中には、規程第五条と同旨の規定はもちろん、農地委員会がこれと同旨の規定を自ら定めることができる旨を定めた規定も存しないが、一般に、農地委員会のようにその設置、構成、権限、運営方法等の大綱につき法令の規定がある会議体においても、その運営方法の細目等については、法令の規定およびその精神に牴触しない限り、当該会議体が自ら細則を定めてこれによることとし、もつて法令の欠を補うことは許されるところと解すべきである。そして規程第五条が、正に右の趣旨において村農委により定められたものであることは、成立に争ない甲第三一号証(白河村農地委員会規程謄本)により明らかである。もつとも、当時施行中の農調法施行令第三〇条(昭和二四年六月二〇日政令第二二四号により、同令第一六条となる)には、「市町村農地委員会ノ会長ハ会務ヲ総理シ会ヲ代表ス(第一項)。会長事故アルトキハ委員ニ於テ互選シ其ノ選ニ当リタル者其ノ職務ヲ代理ス(第二項)。」と規定せられ、右第二項は、一読あたかも規程第五条と牴触するかの疑を生じないではないが、仔細に両者を対照検討すれば、前者は、会長が事故ある場合における会長代理の選任および権限に関する規定であつて、その選任はもとより適式に招集された委員会においてなすべきものと解せられるところ、当該委員会の招集権者については、関係法令中に何らの規定が認められないのに反し、後者は、会長が事故ある等の場合における委員会の招集権者に関する規定であるから、両者おのずからその適用の範囲を異にするものというべきである。なお、このことは、前記規程が右第五条とは別に、その第三条第一項として、前記令第三〇条第二項と全く同文の規定をおき、また、規程第五条末項但書として、右第三条第一項の規定に基き会長代理を定めた場合は、委員会の招集は会長代理がこれをなすべき旨を規定しているところからも、容易に推論することができる。しからば、規程第五条は、令第三〇条第二項に何ら牴触しないことはもちろん、他の関係法令の規定ないしその精神等にも牴触せず、むしろ法令の欠を補うものとして有効と解するのが相当である。それゆえ、その無効なことを前提とする右主張は、他の点につき判断するまでもなく、理由がないものとしなければならない。
(七) 前記(d)の主張について。
成立に争ない甲第三〇号証と当審証人川上利郎の証言とを総合すれば、県農委は、昭和二四年六月三〇日本件農地の買収計画を他の農地の買収計画と一括して承認したものであるところ、その承認に当り、「違法なものの削除訂正、誤字誤算の訂正」を同委員会の事務局に一任する旨を附帯事項として議決した事実が認められる。しかしながら、前記川上証人の証言によれば、右附帯事項の決議は特に本件買収計画のためになされたものではなく、一般に県農委が買収計画を承認するに当つては同様の決議を附加するのが通例であつたことが認められるばかりでなく、本件買収計画に違法な点または誤字誤算等があつたことについてはこれを認めるべき証拠がないから、たとえ県農委の事務局が右計画に訂正を加えた事実がないにかかわらず被控訴人がこれに基き本件買収処分をしたとしても、何ら県農委の前記承認の趣旨に反せず、もとより右処分が違法となるべきいわれはない。それゆえ、右主張も理由がない。
以上のように、本件買収処分が無効であるとする控訴人の主張はすべて理由がないから、その無効確認を求める本訴請求は棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であつて本件控訴は理由がない。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 奥田嘉治 牧野威夫 青山義武)
(別紙目録省略)